板橋禅師のお言葉 1
解脱の人、さわりが無くなった人、安心を手にした人、
絶学無為の閑道人、云われる人の「生のお声」です。
(自分の師匠様を表記の様に表現して、師匠が怒っていると思いますがお怒りを覚悟して公開いたします)
令和元年 板橋禅師香墨帖出版記念後に訪問した時のお言葉です。
名古屋から福井県 越前市の御誕生寺を訪問しご挨拶いたしました。
今日の同行者(弟子)は、アメリカのドクター・アンカレッジ禅コミュニティ国際布教師 玄妙尼和尚と、核融合の研究者工学博士だった敦賀 長谷寺住職 山本道興和尚、長く法政大学の教諭を勤めた準弟子の松本紀禅和尚に家内を連れてのお尋ねです。
挨拶を交わし、玄妙さんのアラスカからのプレゼントをお渡しし、アラスカの坐禅布教と坐禅活動の報告を終え 懇談に入りました。
以下の文章は録画したDVDから音声を書きだしたものです。
禅師様の生のお声をテープ起こししたものです。
禅師様 |
あんた達、何しに来たのー・・・ |
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挨拶 活動報告 |
挨拶、プレゼント、同席者紹介等・・・ 片言の英語を交え、道興さんの通訳で、アラスカアンカレッジの活動報告をする。アイパットの映像を着せ・・・ 禅師様はアイパットの裏を見ながら・・・不思議がり、時代の進歩に驚嘆し、梵鐘をドラム缶で手造りし、絡子作り、するなど信仰心の強さに、また子供を交えた坐禅会などに関心を持たれました。 3回ほどアイパットを裏返し・・・コンピューターの進化に・・・ オレの時代はコンピューターと云うと 計算機だった! の発言がありました。 |
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禅師様 |
あんたは、何なさっているんだっけ、何べんでも同じことを・・・ |
紀禅さんに |
紀禅和尚 |
今は坊主しています。坊さんやっています、まだ徒弟のままです。 |
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禅師様 |
あのネ・・・お寺は、うんと空いている けれどもネ、 早く住職しないとネ・・・一生ネー、 そして対外の者は・・・そうするとネ・・・ わしは、100人ぐらい弟子をもっているんだけどネ お寺に入らない人は みんな途中で辞めます、 どっか勤めるからネー・・・そして頭を伸ばして・・・ 女性だけは、また 頭を伸ばしては いかないからネ だいたい女性20人位 いますけど 男性の場合 坊さんやっているのが20・30人いるかナー・・・ やっぱり本当に坊さんに・・・最後まで坊さんになりたければ、 お寺を持つことです。 そして、どんなお寺でも いいから・・・お寺で生活すること、 でないと 頭が伸びちゃうし、 衣を着ていられないでしょう・・普通の家で!! |
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禅師様 |
私 坊主になっているから 93まで 坊主らしい恰好して・・・ そして修行僧と一緒にいるから・・・ いかにも 坐禅する様にして・・・ 好きな様に見える様にして、朝晩 坐禅しているでしょ |
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禅師様 |
今も・・・ワシの閑月庵と、彼女と一緒ダと・・・お互いケンカして別れちゃっているかもしれないし、坊主 辞めているかもしれない!! やっぱり 生活環境が大事ダよ |
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禅師様 |
誰だっけ・・・今いる、歩いて来たお兄ちゃん・・・三上さん |
弘前から行っている三上さん |
禅師様 |
あのネー・・・この歳になるとダナー 本当に面白いものでネ・・・嘆かない事です これ 忘れた、忘れた・・・駄目だナーと、嘆かないことダ!! |
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禅師様 |
云わば、これまで生きていて・・・ だけで・・有難い、有難い・・・言わなきゃー |
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道興和尚 |
禅師様の本の中に、宗教は自然であると、ありますが その心は如何でしょう・・・ |
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禅師様 |
この歳になったら・・・ 仏教も鉄砲も無い、なんにも なーい・・・ お釈迦様に、道元様に・・・ お釈迦様ですか・・・ワハー ワハーハ ワシには仏教も鉄砲だの・・・なくなりましたヨー |
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禅師様 |
貴方が道元様!! 難しい事を書いたネー 貴方もワシぐらいの年まで生きたら・・・ もう 仏法も鉄砲もございませんヨーと、 ワシは言いますネ |
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禅師様 |
いや、これ本気で!!もう仏法も鉄砲・・・ じゃ 何かと言うと、ワシはワシなりに修行してますネ どんな修行と云われて・・・人には云わない!! |
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禅師様 |
だから この人達にネ・・・一度も坐禅を、 オレと一緒に・・・ |
行者に対して |
禅師様 |
この人に夜坐に送ってもらっても 坐らんかと・・・云ったことがない |
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禅師様 |
ところが あそこから来ている・・・三上さん、 それに おかちゃん 彼女は子供もいるし、毎晩・・・ 彼女は日に2度ぐらい来るネ |
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禅師様 |
その代わり、あの人は坐禅している人ダ、坐禅嫌いな人ダ そんなことが一切無くなった、 ごく あたりまえ とにかく・・・仏法も鉄砲も ない |
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禅師様 |
お釈迦様やら、道元禅師にも・・・ 道元禅師にはネ、貴方もお若かったネ 90まで生きて 居られたら、 ワシの気持ち わかりますヨ。 ワー 53だもの・・・それが仏法です・・・ 何もない・・・だから むずかしい・・・ |
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禅師様 |
昨日も、臨済宗の印可をもって、50ぐらいの人 臨済宗のお師家さんが2日ほど、ここで提唱講義したのだが・・・ ワシには、耳が聞こえるが 聞き取れん、 早くて・・・一人で・・・ワハーハーと笑っているが・・・ 終ってから、貴方には分かっているけど、さっぱりワシには聞こえん・・・一人で笑っちゃだめヨー |
恵林寺現住職 古川周賢老老師 |
禅師様 |
そしてネ、その人の説法がされた事が一つも、意味が分からなくても・・・・非理屈を語っているナーと それをオレの歳まで生きたらナー |
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禅師様 |
道元禅師にすらも そうー思う だから 90か、50かの生死の巻 有るじゃないか あれになると グーとやさしい あれから20年もしたら・・・ それを、昔のは 何ですかネ・・・焼いてしまえ!! |
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禅師様 |
ワシだって 若い頃・・・正法眼蔵 研究で・・・東北大学の・・・このぐらい、分厚い原稿を書いて・・・卒論を書いて |
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禅師様 |
あれ、今度 閑月庵に行ったら 見せてもらをーカ! けっして・・・こちらに くれないヨナー |
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禅師様 |
昔の若い時代はネ |
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禅師様 |
だって、今 オレが息している バチ!!(手で腿を打つ) 見えるでしょ これに何の非理屈があるのー 仏法ダノ 鉄砲ダノ・・・ 名前を付ければ・・・・生きている と あえて、名を付ければ・・・實感 實感 今、この實感 至る処に・・・ あゝ 痛てて・・・實感 それを いのち とも云う 仏とも云う それ以外に何がある それに理屈をつけたがるのが人間ダ |
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禅師様 |
ネコや 何やらは實感に生きているんです その中、彼らは知だけで、それだけしか無い、 知慧がないから文化もない こちらは知慧があって・・・ それが どうした こうしたと持った為 悩みを生じた、色々考えタ ネコその他の動物と違い、前後を比べる能力を持って その為、自殺することも覚えたし・・・ ネコは自殺しないでしょう、生物 生き物で 自殺無いでしょう、 草木も・・・・こうやって のびる ようにします。 何が違うか・・・ごく あたりまえ !! |
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禅師様 |
本屋に、最近、昨日かな・・・青森から歩いて来た・・三上さん・・・ 三上さんがワシに100問 問題提起し、それに対し ワシが答える型で、100問 100答・・・ ある出版社が取りに来たナ・・・ワシは、これが最後だと思うが・・・無料で皆さんに配付しますから、見て 感じたら・・それで良いー ワシのお金で出しますから・・売るんじゃないからナー ・・・・一切 無くなった |
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道興和尚 |
禅師様は唯識を どう思われますか |
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禅師様 |
唯識・・・知らない・・・そう云う 唯識 そう云う 専門用語すら いらない、仏教もいらない。 お釈迦様だって、オレの先輩!! 年寄りだけど 何んと 難しいことを云いよった。 道元さんだって・・・ お釈迦様の本当の言葉はないですヨ!! 200・300年 後から・・・ おれかくの如く聞けり・・・如是我聞 ですから |
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禅師様 |
あんた、こっちに座りなさい・・・ 貴方は どう云う人だっけ・・・ |
紀禅さんに |
紀禅和尚 |
法政大学の教員でした |
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禅師様 |
大学は何処を出たのかな |
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紀禅和尚 |
同じく法政大学です、人間工学専攻で・・人間の脳波・・ |
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禅師様 |
セロトニンとか、ホルモンと云ったらいいのか、 脳内伝達物質・・・ そしてネ、確かに、寝ている時は・・・そうネ、 安楽であるけれども・・・ 坐禅した時は・・・つらいけど、心はさわやかになるナー 足が痛くて、ジュク ジュクして、汗かいたりする、 痛くなるが・・・寝ている方が 楽 こうしていると・・・・ こうやっていると、肺を動かす力が・・・ 姿勢を正して・・・力がこの辺の・・横隔膜が上下する そうするとセロトニンという脳内物質がスーと出て!! 姿勢を正す |
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禅師様 |
それでネ、日本の習い事、みんな 茶道・書道・弓道・ 坐禅・柔道まで・・・!! |
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禅師様 |
今の柔道を見ておったら・・ 何は・・・スポーツだネ、完全なる柔術ですワ そこに日本の文化の違いがある |
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禅師様 |
アンタ、本を出しているノー |
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紀禅和尚 |
出していません |
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禅師様 |
その内 出せヤー ワシ、本を出すのは 何んチュ・・・能力とか、そういうのがないが・・・30冊出している 対談・・・もう一冊、今度の本が最後・・・ |
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禅師様 |
もう、一切 仏法とか鉄砲とか・・・ それで 何で衣を着て・・お経を上げて、と云うのは 習慣、しきたり です 日本人なら、おはようございます・グットモーニングと云う様に・・・ただ それだけ です |
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禅師様 |
彼には、一度も坐わらんか と云った事がない・・・ 見染めたとか、見放したわけでもない・・・ ありがとう・・・送ってくれて ありがとう |
行者に対して |
道興和尚 |
大乗仏教では、利他行 自未得度先度侘だ大事と云いますが・・・ |
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禅師様 |
それは、どう云う意味かネ・・・ 自分が渡る前に 人を渡す・・・ そう云うのは、人間は温かい心を持てば自然になるんじゃないですか・・・ならない人もいるでしょうが それは、良い 悪い・・・ それは、だから、そう言う風に・・・修行したり、行動したりする気もしません。 だから 皆に坐禅せんかと・・・云わんモン |
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禅師様 |
ワシは坐禅とも言いたくない 丹田呼吸です。それには姿勢を正し!!です 今 わたし 姿勢を正すと つらい ですが よりかかってやる、 そうすると横隔膜が上下して肺を動かす・・ですネ ワシの生理学ですが、自然と脳内物質が出る、 セロトニンと称せられる・・・ そう すると さわやかに・・・ こうやると、ここが動かないから肺が動か・・・ |
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禅師様 |
日本の習い事、習字・書道、茶道、柔道、自然と姿勢を正す |
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禅師様 |
昔の日本人は偉い!! 柔道でも、汚い勝ち方をするな!!・・・ 汚い勝ち方するなと、負けてもいいから汚い勝ち方するナ!!と。 一番 汚い勝ち方は・・・ 自分が腰を引いて、かける時に シュとかける!! 今の女の子でも・・・ 柔道を見ていて、勝てば いい!! ポイントを挙げればいい・・・武道ではない、柔術です。 |
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禅師様 |
それほど 日本文化がダメになって・・ダメじゃなく。悪くなって、悪くではなく・・・ではなく・・・ 見直しの時代が来ます。 |
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禅師様 |
もう一つ云うと 今から2000.年前・・・チャーが お茶が出たんだって・・・ 西洋に入ったらストローで、甘いもの 入れて・・ チュウー チュウー 吸う様になった。 |
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禅師様 |
日本に入ったら・・・・ その為、お茶茶道、掛け軸、庭、着物に至るまで・・・ 作法に至るまで・・・ これほど日本の文化は・・・ |
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禅師様 |
ただし、中国、韓国はどうだかは・・・ オレは分からない・・・云わない分からない 日本の素晴らしさが どっかにある だから「道」がついている。 だから 昔から柔道、弓道に至るまでネ・・・ ・・・ここまでの動作がネ・・・羽織袴きて ・・・パァー と放して(弓道で矢を放す瞬間) 当たる 当たらないが あまり問題にしない それまでの動作・・・・ 今は 西洋は 当たる 当たらない と望遠鏡を見て |
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禅師様 |
それだけ 日本の文化 違いがある。 あちらは、効率 効果! Do you understand |
玄妙さんに |
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日本文化は・・・そうなって来ましたが、でも 心 ある人は・・・ それが 茶道にしても衰えない ある 人達が・・・ 書道・・・衰えない どっか・・・いいもの・・・響くものを持っている |
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禅師様 |
ところが今や、禅宗の坊さんもネ ただ資格を取って・・・何すりゃ いいんダ!! 禅師になりゃーいいんダと・・・(ジョークの笑顔) |
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禅師様 |
ワシは、坐禅と云うか・・・丹田呼吸がいいと思うんデ 自然に 横隔膜が上下して肺を動かすらしい・・・ そうするとセロトニンを出して・・・ |
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禅師様 |
アンタ・・・そう云うこと、心理学をやっているの!! |
紀禅和尚に |
紀禅和尚 |
ハイ・・・病院に行って 血圧を測るときに、すこし 横隔膜ぢ深呼吸すると血圧が下がる |
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禅師様 |
あゝー やっぱり・・・ |
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紀禅和尚 |
専門です |
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禅師様 |
You are doctor |
玄妙尼和尚に |
玄妙和尚 |
はい・・yes 心理学者・・Psychologist |
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私 |
今日は最高の話を・・・有難うございました |
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禅師様 |
もう 一つ 最後に 日本は、このまま 文化が進んで、 便利 便利になったら・・・ いわゆる、 精神病院 増える一方です・・・ タダ、日本人は最後に・・・ |
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禅師様 |
あゝ、ワシが生まれた頃、 樺太の南 北緯60度・・・朝鮮、台湾も日本領だったが、 それがもぎ取られた時は、日本はどうなるだろう!!と思ったナー それが 丁度 良かった ロシアだけは・・・ワシも新聞を見ていたら ロシアは、北海道をよこせ と云ったが、それに対しアメリカが反対した・・・あんた達に 何か 関係あるんか・・と |
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禅師様 |
それで、日本人の良さは、 さっき 云った 茶道、芸道、柔道に至るまで・・・ |
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禅師様 |
あの柔道の姿勢を見て、勝てば ワー と、やっていて あゝ云うのを 昔の何・・・ あの茶道を見れば 分かる!! |
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道興和尚 |
今 ヨーロッパで剣道が流行っていますヨ・・・ |
剣道の話で話を折る |
禅師様 |
それでネ 日本人の素晴らしさは・・・ 中国・韓国は どうか 分からないが・・ ただ あれだけ広いからねネ、民族も違い、言語も違うから・・・ 中国の現状は知らないが 韓国は分からない・・・そして分かれているから |
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禅師様 |
日本だけはネ 手足をもがれた、台湾・・・ 一つ 小さくなった為に日本人は纏まっているナ |
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禅師様 |
あと一つ・・・そうもう・・・はネ 昔、戸籍謄本を取ると、宮城県・農民とか士族、公伯爵、男爵・・・付いていて あれが敗戦後のネ・・・それで・・・ ワシの今度の本にも書いて 出ているが、太平洋戦争は昭和維新史ダ あの戦争に勝って居ったら、また ろくな事がなかった。 昭和維新ネー |
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禅師様 |
こらから どうするか 今後の坊さんは どうするか・・・ やっぱり、 衣を着て、坐禅する・・・ あと、タダ、一般の人たちの為、お経を読んで・・・ 何して、それは大事だけど・・・ 密かに、坐禅する人を一人でも 二人でも、多くすること、 たやさないこと・・・それ ワレワレの努めです・・・ それを やらない坊さんを、なんだ 坐禅もしなくてと、 言うことを云わない!! |
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禅師様 |
もし、ここに居って、坐禅しないと誰にも云わない 特に夜坐などは・・・ 一日の差定は大衆 皆で決め事。夜坐各了というて・・・ しても、しなくても・・・ |
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禅師様 |
そして、坐っているのが三上さん・・・あと女の子が一人来る・・・私が行く・・・ |
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禅師様 |
行者和尚さんは、そこまで送ってて 手助けしてくれる、 しかし、あんたも坐らんか、とは一度も云わない。 そして、ワシが終わったら迎えに来る。それで円満です。 |
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道興和尚 |
禅師さまと坐禅したことが懐かしいです |
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禅師様 |
あんたは、なんだっけ・・もう一度 |
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道興和尚 |
ここに安居して8ケ月、約一年・・・ |
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禅師様 |
あんた 今 敦賀に・・・ |
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道興和尚 |
長い谷と書いて、長谷寺 |
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禅師様 |
あんた 坐禅一本でガンバル・・・ あんた東北大学の!! ワシの云わんとすることが分かるかナー 日本人の良さはネ・・・坐禅!! |
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禅師様 |
それでネ・・・足を組むのが問題ではない ここでの 丹田呼吸です・・・ところが辛いんです・・・ ワシ、それで椅子に こうして・・・ それでも こう なっちゃう・・・それでも こうなって |
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禅師様 |
一番 楽なのが寝ているのが・・・ 寝た時の呼吸では だめ なんだナー どう云うものか セロトニンがでない!! |
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私 |
三上さんを出す時、暁天坐は経行鐘が鳴っても外単に出るな、2炷続けろ、1時間半の坐禅 身体が慣れる・・外に出たら頭が戻る、坐禅が身につかん。夜は薬石後1時間半したら随坐2炷・・・坐禅をものにしろ、と厳命し安居させました。 |
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禅師様 |
あのネー 一度に接心だので、無理無理、時間とかではなくて・・・ 平穏に、長く続けることが大事です 一日、必ず一回は坐る・・・ そうしたら・・・思い出した 小学校の頃から、床の間あたりで、正座して・・・ そうして心 落ち着けて・・・ そうしたら、おばあちゃんみたいな人から 「この人 何 してんノー、 この人 何だろう」と 云われたのを思い出した。 心 落ちつけることが好きだった。 だからネ、 それだからネ 今だに続いている |
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禅師様 |
だから、自分が好きでやっているから 人に坐禅しなさい なんて 云うのは・・・云わない 若い頃は云った けれども・・・ |
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禅師様 |
そのかわり・・・あの坊さん 坐禅している人、しない人、 そう云う目で見ない |
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禅師様 |
あんた、東北大學 出たんだから・・・坐に親しむ人になって。 |
道興さんに |
禅師様 |
あのネ、例えば 10分でも、20分でも 椅子に 腰かけての・・・ それを やっても やらなくても ではなく・・・ あんた 一人でも・・・ おったら、なおさら 食事の前に30分でも坐るとか 一日の内に・・・あるいは一日の内に合計して・・・ ワシ、坐禅した時をグラフに書いている 毎日毎日・・・そうすれば 自分の励みになる 自分の励みになる・・・今年 いくつ・・・ |
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道興和尚 |
・・・65歳です |
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禅師様 |
ワレ ワレまで 30年あるナー |
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道興和尚 |
わたし 120まで・・・ |
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禅師様 |
それ オレ 知らネー・・・・・ |
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私 |
今日は、貴重なお話、長い時間 大変有難う御座いました |
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禅師様 |
この歳になると 都合の良いこと なんでも忘れる 忘れたふり ではないが・・・ |
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名古屋の出版記念式会場で |
御誕生寺出発前の集合写真 |
方丈の間から歩いてこられ、雪駄を履いた時、親指が中途半端でした、しゃがんで 直してあげましたら・・・痛てて・・・93歳の体力を気にしない行動に大反省。同事を体が知らないと・・・猛反省
「和尚の一言」から抜粋
ちょっと変わった参禅者と禅師様の近況 福井県武生にて H30・11・29 弘前坐禅会の参禅者が家出しました。ご家族様も心配し当山に来ていないかとの連絡があり、山内一丸となって方々を探し回りました。家出し三日目に電話があり、「今どこダ、どこに向かっている」と聞き出しました所、「いま秋田市に入ったところです、徒歩で無賃で御誕生寺に向かっている」とのこと、御誕生寺と連絡を取っているのかと確認したところ、連絡していないとのこと、行き当たりバッタリの行動のようですが今回で二回目の行動です。奥様に連絡したところ、本人の希望通りにしてやって下さいとのことで早速禅師様に手紙を出し、本人の経歴、家族構成、奥様の連絡先等を紹介し、御誕生寺に入ったら、それ相応の対処をお願いしました。 禅師も、「道を求めて850キロを徒歩で尋ねるバカは前代未聞と感激し、奥様に連絡をとり、汽車賃はおれが出すから、そこから(新潟三条近辺)電車で来なさい」と厳命し、御誕生寺入りをしたのです。家を出て16日間、夏の炎天下の中およそ420キロを徒歩で、新潟から電車での道中でした。宿は、心有る民家にお願いし、お寺に事情を説明し一宿を乞い、野宿したのも3日でした、腕の皮膚は日焼けし、二重三重の日焼けでタダレも生じる状態でした。御誕生寺に到着したのが真夜中、お堂の軒下で夜明かしし、やっとの思いで禅師様にお会い出来ました。その後、数泊し、一旦弘前に帰り、家族の了解を得、9月に参禅者として山に入り坐禅弁道しています。 十月下旬板橋禅師は一旦帰宅し興雲寺の方丈に相談しなさいと、仏縁を気にして返してよこしましたが、本人の意向を考慮し、また禅師にとっても「92歳になって弟子を持つ苦労は闘病の薬になるもの」と熟慮し、堂長老師の下での得度を了解したところです。12月には、御誕生寺の徒弟(僧名・雲上直樹上座)として得度する予定になっております。この一途な思いを貫徹しお釈迦様世界を手にすることを切に願います。 先月静岡の藤枝の盤脚院様 山田老師が95歳を記念し、十和田湖の奥入瀬渓流を散策したいと当山を拝登し、半地下の坐禅堂にも焼香を頂きました、大変有難いことでした。私ども日頃腰が痛い、風邪気味ダなどと、泣き言を言って楽な方に逃げるクセがついていますが、山田老師を見てこれから泣き言無しで行きたいものと深く感じました。わが本師板橋禅師にも山田老師の健在ぶりを紹介し、気持ちの振るい起しを願い法身堅固法臘延長を願った次第です。 閑月会での状況は、足腰が多少弱ったものの参加者の面々に気さくに挨拶され、乾杯の梅酒を二杯も再進なされ顔を真っ赤にし、参加者と旧交を温め合いました。
「この歳に成ったら死に対する恐怖もほとんど無くなった。来年は、もしかしたら一周忌に成るかもしれないが皆で又会いましょう、今日の食事代は私が持つから、おれが持つ・・・」と云いながら、三年ぶりの軍歌(閑月会の事務局が体調を気にして中止中)に弱った足腰に活を入れ強がりを披露した処です、「来年も陽気に会いましょう」と再三の雄たけびでした。
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